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偶然の科学 1/5

  興味深いことや、劇的なことや、悲惨なことが起こるたびに、
われわれは無意識のうちに説明を探す。
  だが。出来事があってはじめて説明を求めるせいで、
「起こってもおかしくはなかったが起こらなかったこと」よりも、
「実際に起こったこと」の説明に偏りすぎる。

   この本、原題は"Everything is obvious once you know the answer". なんでこれが「偶然の科学」というタイトルになるのか全くわかりません。たまたま手にとって目次をみたら、「常識という神話」とか「考えることを考える」とかいう言葉が目に入り、あまりにも本のタイトルとかけ離れていたのでかえって興味を惹かれて買ってしまいました。 読んでみると、「偶然の科学」というより「後知恵の科学」とでも名付けたい内容です。

  こんな話があります。「歩いていて石に躓いて転んだら、畜生、今日は運が悪い、と思います。でも、歩いていて事前に石に気づき、事なきをえたら、おお、今日は運がいい、って思いますか?」
 幸運と不運は扱いが公平ではない、不運ばかり思い出して暗くなるのはやめようよ、ということを言いたいのですが、つまり人間は、何もコトが起こらなければ、その出来事はしばらくするときれいさっぱり忘れてしまう、場合によっては意識にすらのぼらない。という性質を持っているということです。

  見えていない、あるいは気にしていない数多くの出来事が関係しているのに、気にしている部分だけで作り上げた説明がどれだけ信憑性があるのか、それに基づく将来予測がはたして当てになるのか、ということです。しかも失敗しても学ばない。
  「誰かの行動の正しい予測に何度失敗しようとも、誤りをそのとき知らなかったことのせいにして片づける。このようにして、われわれはフレーム問題を見えないところに追いやる。間違えるということの意味を学習せずに、次からは間違えないといつも自分を納得させるのである。」

 これが本書の問題提起の一つです。後半にこの本なりの解決提案がなされています。


 

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予想どおりに不合理 6/6

 どんな取引も、
あえて自分と目的の品物の間にある程度の距離をおいて、
できるだけ自分が非所有者のように考える。

  人は自分の持っているものを過大評価する、という傾向は、 「自分だましの心理学 1/3」
 にも書きました。
  この本では、デューク大のバスケットボールの試合(とても人気の高いチケットらしいです)の転売を持ちかけ、言い値の統計を取った結果が書かれています。チケットを購入する側は170ドル、売る側は2400ドル。自分が持っているものは価値が10倍以上にもはねあがります。
  面白いのは、「仮想の所有権」という概念。ネットオークションで一時自分の入札額が一番になると、人はあたかもそれを自分の所有物のように感じるので、どんどん値がつりあがっていくということです。私もヤフオクの経験がありますのでその気持ちよくわかります。先日も娘が好きなアーティストのチケットをヤフオクで入手しようとしました。一瞬入札額が一番になったのですがすぐに値がつりあがりました。自分が予定していた価格を超えて入札しようとしたので、やめとけ、と諭したらとても悔しそうにしてました。

  冒頭の言葉、著者が「所有効果」の魔力から距離を置くために意識していることだそうです。
  この本では、ヒンズー教の托鉢僧と書いていますが、私も、禅の教えに近いなあと感じました。「行雲流水」が近いですかね。でも、常にこんな風に第三者的にものごとに接しているというのもさびしいもんです。執着すべきときはして、そうでないときはすぐに気持ちを切り替える、心をコントロールできる人でありたいものです。「風来疎竹」です。

 

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自分だましの心理学 1/3

人は、自分の望んでいることを信じる

   最新の心理学の本を見ると、人の心というのはいかにいい加減かということがよくわかります。Fast and Slow同様、この本の内容も門外漢の私には驚きの連続です。

  表記の言葉は、私も聞いたことがあるユリウスカエサルの言葉ですが、最新の心理学では、「認知的一貫性の原理」として体系化されているそうです。つまり、初対面で「悪そうなやつ」と思ってしまうと、お年寄りを助ける場面を見ても、「下心あって親切にしている」と思ってしまう、という考え方の傾向を言います。
  たいていの人は、親切なことも、意地悪なことも、冷たいことも、温かい行動も、さまざまな行動をとります。その中から、自分の考えと一貫性を持つものだけが知覚され、その結果さらに当初のステレオタイプが強化されることになります。
  ほかにも、自分を実際以上にポジティブにとらえる、「平均以上効果」や、自分が関与したというだけで対象の価値が上がったように見える、「所有効果」など、数々の思い込みの傾向があります。このあたり、Fast and Slowにも書かれていました。
  これらは、「現実の情報を巧みに選抜、修正、歪曲し、意識が納得できる材料を取り揃えてしまう」ためにおこるとのこと。
  とっても難しいことですが、自分がキャッチした情報は本当に公平にキャッチしたんだろうか、とちょっとくらいは疑ってかかることが必要かもしれません。
 

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Fast and slow 11

  ある文章を読んで理解したときに
  あなたが連想したことこそがその文章の意味である。
これに従えば、論理的には等価の文章が、
全く違った反応をひきおこすことになる。

   標準的な経済学に登場する人間は、一貫して合理的な意志決定をする存在を仮定しており、著者は「エコン」と読んでいますが、実際の「ヒューマン」は「エコン」とは程遠い存在であると言っています。「エコン」ならば等価の文から違った反応が現れることなどない。でも我々は「ヒューマン」であり、その理解のしかたは、「システム1の連想」ということですね。「わかったつもり」で「スキーマ」「文脈」に注意すべき、と以前書きましたが、それに近い内容です。
  著者はものの言い方で連想内容がかわることを、「フレーミング効果」と呼びます。「アジア病問題」として有名だという事例が紹介されています(なぜアジア病なんだ!)。
 [前提]
  アジア病が大流行し、放置すれば600人の死者が予想されており、対策が検討されている。
対策A:200人が助かる。
対策B:1/3の確率で600人が助かるが、2/3の確率で一人も助からない。
  さてあなたならどちらの対策を選ぶか?

  では、次の対策Cと対策Dではどうか?
対策C:400人が死ぬ。
対策D:1/3の確率で一人も死なずにすむが、2/3の確率で600人が死ぬ。

  対策AとBを比べたとき、圧倒的多数がAを選び、CとDでは多くがDを選ぶ、ということです。期待値にしたら4つとも全く同等なのに、心理的には大きな差が現れるんですね。
  会社や、各種の団体のなかで合意形成のイニシアティブをとっていこうとするとき、このフレーミング効果は重々意識しておかないといけませんね。なんせ言い方だけで180度結論が変わってしまうのですから。経営に即断即決が求められる現代社会ではなおさらです。
  なかなか自分の意見が通らないと嘆いている方は、論理思考など「エコン」の力を増す努力よりも、「ヒューマン」のこのフレーミング効果を熟知する努力をしたほうが良いのかもしれません。
 

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Fast and slow 5

「自分の見たものがすべてだ」となれば、
つじつまは合わせやすく、認知も容易になる。
 そうなれば私たちはそのストーリーを真実と受け止めやすい。
 速い思考ができるのも、
 複雑な世界の中で部分的な情報に意味づけできるのも、
 このためである。

  「大事なのは情報の整合性であって、完全性ではない。むしろ手元に少ししかないときのほうが、うまいことすべての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。」と書かれています。これは、実体験から考えてもすごく納得できます。会社に入ってしばらくして「中堅」と呼ばれる頃は、自分の職務に関しては細かい所まで把握しており、それだけにいろいろ考えすぎて考えがまとまらないことも多かった。一方、管理者の立場の現在、仕事の範囲が広くて細かいところまではとても把握しきれない。そんな状況のなかで昔よりは思い切った判断が出来るようになっている。ある意味不思議に感じていましたが、このフレーズをみるとわかるような気がします。つまり、全情報を把握していないが、ある程度整理されたポイントとなる情報を持っており、つじつまが合わせやすくなっている、ということです。
  でも、考えてみるとこれはとても怖いことですね。情報を整理して伝えるのはだれでしょう。情報を伝えるべき部下や周囲が正確に情報を伝えないと、認知を誤るということです。悪意とかを心配しているのではなく、Fast and Slow 4で書いたように、人間はそもそも自分で情報を勝手に操作するものだからです。また、その情報を受け取る側もFast and Slow 3で取り上げたとおり、なじみのある情報を重視し信用するという性質があります。伝言ゲームは基本的に「変質していくもの」。こういう状況の中で上層部が正しい判断をしていくのは至難の業。経営センスが必要なのは言うまでもなく、正確に情報を伝達するシステムを完備するなどもう一工夫必要ではないかと感じます。
  もう一つ怖いのは新聞(マスコミ)。マスコミは本質的に読者の興味を引く記事を優先的に掲載しますから、そこだけを見てほかに考慮すべき部分を見なかったり軽視したりします。この本の表現を借りるとつまり、 「めったにない出来事は過大な注意を引き、実際以上にひんぱんに起きるような印象を与える。」
  さらに各新聞社独特の思想のバイアスがかかりますから、偏った認識に基づく偏った世論が形成されることになります。原発問題一つとっても、自然放射能のこと、代替エネルギーのポテンシャルとリスクの正確な把握などの科学・技術的な理解、エネルギー戦略のポートフォリオの重要性など政治的理解が必要だと、門外漢の私でも思います。こういった情報ももっと取り上げ、他のリスクとも比較して総合的に議論すべきなのに、どうもそういう方向に行かず議論が偏っているように感じます。

  冒頭の言葉、著者は決して否定的に見ているわけではなく、生存のために「システム1」が迅速にものごとを認知し判断していくため、「まずまず妥当な判断」をするためにいい方法だとしています。ただ一方で多種多様なバイアスに影響されるから要注意、ということですね。
1)自信過剰 ここで書いた、「見たものがすべて」という認知の傾向。
2)フレーミング効果
  「この方法を使えば生存率90%です」といわれるのと、「この方法では10%死ぬ可能性があります」と言われるのでは判断が違ってくるというような効果。
3)基準率の無視 詳しくは述べませんが「ベイズの定理」を無視する傾向のことです。
 
  これだけ情報があふれる社会になると、システム1の戦略が判断を誤る機会が増えてきます。情報社会に適応する人間の性質はどうであるべきか、(システム2の力を持って)よく注意して認識を意図的に制御してかなければいけません。でもあまりやりすぎてもストレスがたまりすぎてよくないような気がするし・・・難しいところです。

 

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ビジネス書の気に入ったフレーズをデスクトップに貼り付けて自己啓発に努めています。その内容をこのブログにてアップします。

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