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脳はどこまでコントロールできるか

  一人の天才が周囲に影響を与え、
影響を受けた側も、さらに本人に影響を与え返す。
  そのようにして、人間の才能というのは、
互いに磨かれ、成長を促されるのでしょう。

   私は、「組織風土」「組織のDNA」の育成の大切さを表す言葉だと捉えました。一人の天才が周りの「常識」を一新する。その刺激がその天才をも変え、その相互作用によりこれまでの「非常識」がその組織の「常識」あるいは「標準」になる。こうして、他にない風土を産み出した組織はとても強い組織になると思います。

  子供のお稽古ごとにまつわるわかりやすい個人的な経験を二つ紹介します。

私の上の娘は小学校のころ名古屋の星ヶ丘というところでフィギュアスケートを習っていました。名古屋はフィギュアスケートがさかんなところです。当時小5-中1だったと思いますが、山田コーチの下の恩田美栄山崎愛里彩中野友香里のパフォーマンスは将来日本を代表する選手になるに違いないと思わせる素晴らしいものだったことを今でも鮮明に覚えています。が、それは伊藤みどりを輩出した天下の東海クラブの話。そして違うリンクのしかも高学年の先輩の話。別世界という感覚でした。
  一方、星ヶ丘では、その頃は3つのクラブが同居し、娘と同年代の小学校低学年の子供が多かったのですが、フィギュアスケートの標準レベルなど知らない素人の私たちは、星ヶ丘のレベルを標準レベルととらえ、まずはそのなかで上位にくい込もうとするわけです。残念ながらうちの娘は極めて凡庸なレベルだったのですが、コンペで「同い年の舞ちゃんに負けるのは仕方ないけど、年下の真央ちゃんに負けるなんて情けないなあ」と叱咤激励してたことを覚えています。そう、当時の星ヶ丘のレベルを引っ張ってたのは安藤美樹(小3?)はじめ名東P&Sクラブの面々。浅田舞真央姉妹もそこに所属していました。当時は安藤美樹や浅田真央が天才だなんて知る由もありません。小3にもなったらダブルアクセルは跳べて当たり前、トリプルもぼちぼち、というのが標準の上位レベル、みたいな常識?を植え付けられ、同じリンクの違うクラブの選手(親?)ですらそれを目指さなければ、というプレッシャーを多少なりとも感じるわけです(レベル感は多少記憶の錯綜があるかも知れません)。きっと当時の名東クラブの選手たち自身もそういう思いをより強く持ち、練習についていっていたのだと思います。こんな、チーム特有の「常識感」がそのチームの「組織風土」のひとつの要素なんですね、きっと。

  私が撮ったビデオに残っていた1997愛知県FS選手権大会(JCクラス)の結果です。
 1位 安藤美樹(名東P&S)
 2位 ☆☆☆☆ (邦和SC)
 3位 ☆☆☆☆ (名東P&S)
 4位 浅田舞 (名東P&S)
 5位 浅田真央 (名東P&S)
 6位 ☆☆☆☆(中日SC)
 7位 ☆☆☆☆(東海FSC)
 8位 ☆☆☆☆(一宮中日SC)
 9位 ☆☆☆☆(星ヶ丘ゴールド)
    ・・・・・

  たぶん北島康介で有名な平井コーチの率いるチームなど世の一流のチームも、そんな独特の「風土」を育成することに成功してきたんだろうなと思います。

  もう1つは家内のピアノ教室。例えば小学校高学年で「エリーゼのために」をひく生徒が教室で一番上手だとします。そうすると、その子が他の生徒やその親の目標になります。この目標に向けて相応の努力をするでしょう。一方で、小学校二年生で「エリーゼのために」をひく子が教室に何人かいると、その子が他の人たちの目標になります。後者では、高いレベルに到達するために目一杯の努力をしなければならないでしょうし、それが当たり前、という文化が生まれます。そんな現象を家内の教室で見てきました。先生の腕より周囲のレベルが子供を鍛えています(これは言い過ぎか、奥さんゴメンm(._.)m)。インターネットとか耳情報ではなく、目の前の身近な事例でないと効き目がないようです。
  標記の言葉とちょっと違うのは、1人の天才がレベルを引き上げた訳でなく、先輩よりちょっと早く同じ曲をひいてやろう、と考える少数の頑張りやさんが少しずつ全体のレベルを引き上げていくことです。つまり歴史の積み上げがとても大切。
  しばらく、家内の教室では上位レベルの子の発表会の曲は小3でギロックのワルツエチュード、小4でモーツァルトのきらきら星変奏曲という定石が謀らずもできていた時代がありました(せんせ~わたしも来年あの曲ひきたい~、てな具合)。一昨年は小2の生徒さんがワルツエチュードに挑戦、今年はなんと小1の子が挑戦し、少々のミスタッチがあったものの素敵な演奏を聴かせてくれました。小さい子に難曲に挑戦させることの是非には色々意見があるのでしょうが、少なくとも生徒さん自身が難曲に積極的に挑戦したくなるような雰囲気、というかひとつの文化が形成されてきている、と言えると思います。天才にたよらずとも、歴史が風土を変えていく、ということでしょう。それにしてもこどもは環境が整えば無限の能力を発揮する素晴らしい存在です。

  職場でもいい風土、悪い風土いろいろあると思いますが、それらの風土が個人の成長や会社の業績に与える影響は想像以上に大きそうです。凡人の私には大きく風土を変える力はありませんが、周囲の風土を少しだけでもいい方向に変えられるよう、行動していきたいと思います。

 

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競争の科学 9/9

  メンバーの役割を明確にし、
だれが何をするのかをはっきりさせることは、
チームワークの質を高めるための最も証明された方法の一つである。
  チームメンバーは誰もが平等で、
役割も替えがきくものであるべきだという
平等主義的な発想は間違っている

  へえ~ここまで明確に断言できるものだとは知りませんでした。欧米式の考え方のような気がしますが、出典についてもっと調べたいと思います。役割明確化の問題点は、MECEつまり「もれなくダブリなく」を実現しなければならないこと。ルーチンワーク的な変化の少ない仕事はともかく、開発のような変化の多い臨機応変の対応を要求される仕事では漏れやダブリがしょっちゅうです。私はいつも、「責任範囲は明確に、でも行動は責任範囲よりずっと広く」と言っています。役割分担の漏れは大きな問題に繋がり、気づいているのに動かない、という姿勢は非常にまずいと思うからです。
   一方、責任を明確にしないと組織が成り立ちません。責任不明瞭な組織はまずいですよね。日本の組織でたびたび指摘される「たらい回し」なんてまさにその弊害です。
  まあ、多分冒頭の言葉の意味は、私が感じたような厳密な意味での「役割明確化」ではないでしょう。「平等主義的な発想」は、誰もが互いの役割を交換できるべき、という考え方で、対極は、互いの役割は交換できなくていいという考え方ですね。なので、ならば責任をどう割り付けるか、に焦点を当てることになります。「チームの運命の60%は、メンバーが初会合する前に定められ、30%はチームの立ち上げ時に決まる」という結論を導き出した実験が紹介されていますが、「最初のミーティング時に責任とタスクをどのように割り当てるか」が30%の成否を決めるポイントの1つとしています。それぞれのメンバーの能力をお互いに知り、それぞれが能力に合わせた役割を担うことが大切であるということです。なるほど。
  「能力」というのは肩書や所属ではなく、専門知識や専門分野だ、というのがポイントです。

 

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競争の科学 5/9

  二人での会話では、わずかな意見の違いさえ、
関係を壊す要因になりかねない。
  一方集団では、相手と個人的に衝突する感覚を持たずに、
多くの対立する考えを表明できる。

  これは私にとって新しい視点でした。あまり賛同できませんが、面白い考え方だと思ったので取り上げました。
  集団の場合、「大きな意見の対立が生じた場合も、第三者が中立的な調停者として介入できる」「緊張が収まるまで、集団内の他のメンバーに注意を向けることができる」「他のメンバーについて考えることで、集団全体の価値を思い出せる」ために、対立や競争を尻込みする理由はない、とのことです。
  一方、一対一の友情では、「過去の出来事や体験を共有しなければならない」「平等であることが大切である」「中立的な調停者がいない」ために、意見の対立を良しとする関係にはなりにくいらしい。
  日本人にとっては、各々が集団内での個々の関係を重視する性質のために対立の土壌は育ちにくいと感じてますし、対立が致命的になりうるケースもよくあるとおもいます。でも欧米人はこんな考え方するのかな、という気がします。
  集団において積極的に本音の激論を戦わす必要があることはいうまでもありませんし、集団における調停者の存在というのは、もっと注意を払っていいと思います。リーダーやファシリテーターは意識的に調停者を作り助けを借りる、あるいは自ら意識して調停者に回る、といった配慮がとても大切だということがよくわかる章です。


 

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競争の科学 4/9

  共通の目的を追い求めるためには、ライバル関係をわきに置くときもある。

  「昨日の敵は今日の友」「合従連衡」ですね。集団がひとつになるために必要なのは共通の目的、共通の敵やライバルです。
  この章の冒頭には、二つのキャンプのチームの対立と協調をめぐる心理学の実験の事例「ロバーズ・ケイブ実験」というのが記載されています。侮辱の言葉などの「仕掛け」で対立がエスカレートする様仕向けた後で、両者が協調せざるを得ないトラブルを「仕掛け」ます。敵対的な両チームが友好的な関係に様変わりする様子が赤裸々に記載されています。「両チームが互いに敵同士」という関係から、「共通の敵に向かう仲間」という関係へ容易に変化するということを如実に示す事例です。
  まあ、実際に誰かを味方につけようとするときには、人なり事柄なりの共通の敵を見つけて話をつけるのが一番簡単です。国家間の交渉はその典型ですよね。
  人間というのは本能的に「敵」を求めるもんなんですかね。戦争がなくならないのもその辺りの「人間の 性」が原因かもしれません。


 

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申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。5/6

  すぐれたマネジメントスキルとは、よい関係を築くためのスキルだ。

  皮肉たっぷりに、自分は4つのリーダーシップ研修を受け、36もの理論やモデルのクイックリファレンスカードを持っていると述べている。でもなにも役に立たない。自分のしていることは、「よい関係を築くこと」それだけだ、と言っています。
  だから、スティーブン・コヴィーの「7つの習慣」グーグルの「8つの習慣」(和訳)を高く評価しています。結局は、「優れたマネージャーであることとよい人間であることとは本質的に同じ」という著者の考え方に沿ったものだからです。
  また、EQに基づくゴールマンのモデルもしかり。「自分自身をよく認識し、他人に共感し、柔軟性を示す」ことにつながる、というわけです。
  モデルやメソッドを鵜呑みにしてよそよそしい態度をとり、自分で判断しようとせず、ガイドラインに従う、そんな姿勢でマネジメントなどできるわけはない。部下たちと付き合う最善の方法は、実際に部下たちと触れ合うことであって、「部下たちとの付き合い方」の参考書を読んだり、チェックリストを作成したり研究したりすることではない、と、そう言っています。

  結局は自分を鍛えること、そして十分コミュニケーションを取ること、それにつきますね。   思い出したのは、以前紹介した、「ぐちゃぐちゃチームのばらばらメンバーを一つにする方法」。具体的にはこんな行動をしていかないといけないんでしょうね。



 

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Author:Katttt!
ビジネス書の気に入ったフレーズをデスクトップに貼り付けて自己啓発に努めています。その内容をこのブログにてアップします。

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