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資本主義の終焉と歴史の危機 2/2

   定常状態の維持を実現できるアドバンテージを持っているのが、
世界でもっとも早くゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレに突入した日本です。

   著者は、「定常状態」=ゼロ成長社会を目指すべきだとしています。つまり、減価償却の範囲内だけの投資をする社会、買い換え需要だけが経済の循環を作っていく社会です。

   人の闘争心を煽り、自由競争を進めることで社会の進歩が促されるメリットは間違いなくあります。しかし、世界がフラットになり、フロンティアがなくなりつつある現在、競争はデリバティブや先物取引など人工的に作り出された電子・金融空間で行われ、過剰設備投資を引き起こし、実物投資空間での富の移転に影響を与え、そして新しい形の「周辺」、つまり搾取されるものを作り出しています。
   資源が限られている中、新自由主義は資源の価格高騰を引き起こし、さらなる格差拡大を引き起こす、としています。
   新自由主義のもとでこれ以上市場拡大を続け、資源の無駄遣いを加速させると、近い将来(20年後)世界は破局的な結末を迎える、と警告しています。
 
   成長はどこかで終焉を迎えるもの、永遠に成長することはあり得ません。私は、ジャレド・ダイヤモンドの「文明崩壊」を読んで恐れおののきました。特にイースター島の崩壊の姿を現代文明に重ねて想像してしまいました。本当の「サスティナブル社会」を実現しなければ破局的な結末が待っているのではないかと本気で心配しています。

   競争を継続し、ハードランディングするような事態を起こしてはならない、資本主義は静かに死んでもらわないといけない。今のうちに対策を講じなければならない、その役割を担える一番いいポジションにいるのが日本だ、というのがこの本の結論です。

   この結論の主張のとおり、ソフトランディングできたとしても、我々はその後どうすべきでしょうか。資源に限りがあることには変わりません。著者も、残念ながらまだ見えない、と述べています。強引にでもそれを書いてほしかったんですけどね(笑)。
   結局は、リソースを徹底的に管理しないと人類は生き残っていけないでしょう。いやでもいつかはゼロ(あるいはマイナス)成長時代がやってきます。その方法は、残念ながら著者が描いてくれなかった「資本主義の先にあるシステム」の中にあります。おそらくはかなりの貧富の差を引き起こすであろう、排出権取引(キャップアンドトレード)のような新自由主義的手法を駆使するのか、サスティナブルかつ貧富の差のない世界を理想として、共産主義的な直接的管理の方向に向かうのか、あるいは第3の手法が出てくるのか。いずれにしても日本をはじめ各国政府には将来を見据えた政策を進めてほしいものです。



 

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資本主義の終焉と歴史の危機 1/2

   「努力したものが報われる」と宣言して、
報われなかった者は努力が足りなかったのだと納得させることで、
先進国内に見えない壁を作り、
下層の人たちから上層部の人たちへ富の移転を図ったのです。
   収奪の対象は、アメリカであればサブプライム層と呼ばれた人たちですし、
EUであれば、ギリシャなど南欧の人たちです。
日本の場合は非正規社員です。

  えらい大仰なタイトルの本です。ついつい買ってしまいました。私の心の中に、「世の中はもう今まで通り発展を続けていくことはできないんじゃないだろうか?」という心配があり、この本は一定の答えを出してくれるんではなかろうか、という期待があったためです。
  石油はもう今まで通り増産できないかもしれない。人々の生活が豊かになるにつれて増えるエネルギー需要に社会は応えられるんだろうか。食料の供給は大丈夫だろうか?水は?経済の規模はどんどん大きくなり、実体経済とのミスマッチが大きくなっているように感じるが大丈夫だろうか?昔の日本はとても均質な社会だったのに今は格差がどんどん大きくなっている。このままでいいのだろうか?etc. etc.... 資本主義は成長を前提とするのに、もうフロンティアがほとんど残っていないこの世の中において、資本主義社会はどちらに向かおうとしているのか?
  私の世代はともかく、これから社会に飛び出たんとする子供たちのことを考えるととてつもなく心配です。

  上に書いた疑問のひとつ、「昔の日本はとても均質な社会だったのに・・・」の答えが冒頭の言葉です。
 資本主義とは、少数の人間が利益を独占するシステムであり、常に「中心」が「周辺」にたいして蒐集を行う、ということとされています。これまでは、「中心」は先進諸国、「周辺」は発展途上国でしたが、全世界が等質になっていく過程にある現代社会では、その差は小さくなっていきます。
  そして、全世界が等しく豊かになっていくすばらしい未来が待ち受けている…のでしょうか?
  そうはならない、というのがこの本の主張です。資本主義は、蒐集(搾取)する性、「中心」と「周辺」、「蒐集する人」と「蒐集される人」を作らないと成立しない宿命にある、というわけです。国家、地域間の格差が小さくなってきた今、「中心」と「周辺」はどこに生まれるのでしょうか。それぞれの国の内側に生み出される、というのがこの本の結論です。この本の言葉を借りれば、

  グローバル資本主義とは、国家の内側にある社会の均一性を消滅させ、国家の内側に、「中心/周辺」を生み出していくシステムである。
  そして、各地域において、「周辺」とされる立場の人々が、「サブプライム層」、「南欧の人々」そして「非正規社員」ということです。・・・・・・・



 

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国家とエネルギーと戦争

  エネルギーを外国の手に握られるということは、
太平洋戦争で嫌というほど味わったではないですか。
だからエネルギーだけは自分の手で握らなければいけない。

  日本が太平洋戦争を始めたのは、アメリカの石油対日輸出締め付け政策のためだと聞いています。そのあたりのいきさつはこの本にも詳しくのべられていますが、つまりはエネルギーを手に入れることができなければ、国家は追い詰められるということを言っています。
  当時は石油がなければ戦艦も航空機も運用できない。結果として戦争しても勝つことができない、という危機感だったようですが、現代もしエネルギー不足が起きればどうなるか、私の拙い知識からでもいろいろ危機を想像することが可能です。日本だけエネルギーのコストが高騰すれば生産コスト、ロジスティックコストが上昇し、国際競争力の面で相当不利な状況に追い込まれるでしょう。多くの会社がたち行かなくなることが予想されます。多くの失業者が出てくることは十分予想できます。燃料高騰は家庭生活にも間違いなく大きな影響があるに違いありません。
  つまり、低コストのエネルギーは国力を維持し、あるいは高めるために必要欠くべからざるものです。
 
  核心の話、原発を続けるべきかやめるべきか、という話ですが、この本では「第一次大戦の直前の石油に相当するのが、21世紀の原発であると、私は断言したいと思う」と結ばれています。しかし私はこの立場は取りません。しかし、原発即刻廃止論者にも与しません。
 安倍政権の掲げる「ベストミックス」に私は暫定賛成です。そしてもっと議論を深めて政策を決定していってほしい。

 原発即時ゼロ論者は、それを実行に移した時に発生するだろう関係する課題を真摯に考えているとは到底思えません。すぐに代替可能なエネルギーの規模や、コストを理解しているのでしょうか。コスト高を軽く見て経済にダメージを与えたら責任はどうとるのでしょうか。国際的な競争力をなくした日本のことを真剣に心配しているのでしょうか。
原発のコストはkWhあたり5円程度、いや本当は15円位かかっているなど、いろいろ言われていますが、大切なのは、現状のコスト負担分配システム前提で現状の国際競争力が担保されているということだと思います。そういうシステム設計を無視して原発廃止を強行し、国際競争力が犠牲になり、失業者、自殺者があふれても、原発即時ゼロ論者は、それは自己責任だあるいは政府の政策が悪いのだ、と責任転化するような気がします。
  上の事例は国際競争力の視点からの話ですが、もちろん国際競争力の視点だけでもダメで、あらゆる課題に公平に目を向けながら議論することが大切だと私は思います。

  エネルギー庁のHPをみると、2014年度太陽光発電の買取り価格は小口で37円ということでした。
先日九州電力の再生エネルギー買取りの混乱のニュースがありましたが、申請のあった電力量が全国で7000万kw以上にも達したことには正直驚きました。その多くは太陽光発電と思いますが、やり方によっては一気に構造転換できることを示せたとてもいい事例だと思いました。大量生産あるいは技術開発によるコストダウン、国民的合意が得られるシステム設計、揚水発電などのサポートのためのインフラがセットで完成してくれば国際競争力を失わないまま再生エネルギー大国となりうるすばらしい試みだとおもいました。ただまだ今は可能性だけの話です。原発廃止したあとでこのしくみなどを運用し、もし失敗したら取り返しつきません。慎重に原発を運用し、再生エネルギー運用のシステムが大丈夫だと実証されてから原発廃止しても遅くはないと思います。

 代替エネルギーとしてシェールガスに期待している人たちもいるかもしれませんが、環境破壊のリスクの影響を十分知って話をしているのでしょうか。日本にいたら関係ないかも知れませんが、現地の人たちに与えているだろうストレスに思いを馳せたことはあるのでしょうか?
  代替エネルギーとしてメタンハイドレートに期待を寄せる人もいます。メタンは二酸化炭素に比べはるかに強力な温室効果ガスであり、大気に漏れることを心配している人もいます。ハイドレート層は不安定なため、下手に採掘すると崩壊を起こし大津波や超温室効果を恐れる人もいます。それこそ最悪シナリオが現実になってしまったら取り返しがつきません。
  原発即時廃止論者のなかには、放射能汚染を他の問題とは別格扱いにして、他のすべてのリスクを軽視してもいいという空気を感じます。例えば各個人レベルで考えたら、放射能で死ぬことも、不況で食えなくなって自殺することも、環境破壊で食糧危機が起きて餓死することも、等しく不幸です。あらゆるリスクをそれ相応の重みを持って見つめ、客観的な議論の土俵にのせることか大切だと思います。この本を読んで、そういったエネルギー問題についていろいろ考えさせられました。





 

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複雑で単純な世界 3/3

 活気ある都市では
相手を変えて付き合いを重ねて行くほうがよい。
田舎ではあまり頻繁に異性と付き合わないほうがよい。

  このフレーズは、出会いの機会(資源)が多い環境下では、頻繁に相手を変える(つながりが多い)ほうが、全体として多くのカップルが生まれ、逆に出会いの機会(資源)が少ない場合には、頻繁に相手とつき合わない(つながりが少ない)ほうが全体としてカップルのできる可能性が高まる、という複雑系の理論の話をしています。
  今の都会と田舎の状況を反映しているようで面白い理論です。人間は自ずと最適に近い行動を取るようになるということか?。
  交通渋滞、市場の価格変動、感染症の流行、武力衝突、など、資源をめぐる争いをする場合には、どれも同じ考え方が当てはめられる、ということです。資源が豊かな場合では構成要素がつながったほうがいい。資源が少ない場合には、つながりが多いと逆に効率が落ちるらしい。
  さて、この理論、未来の社会科学にどうかかわりを持つようになるのか。興味深いところです。
 

 

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里山資本主義 3/3

孤立した私と子供が保育園に行って先生に預けて帰るという、
ただ単にそれだけの関係ではなくて、
周りの人に生かされている。
それがすごく暖かい。
私もすごく安心しますし、
子供も色々な人との関わりを通して、学ぶものがたきさんある。

  庄原市、「過疎を逆手にとる会」活動は、数々の過疎地の問題をシステムを整えることでメリットに変えていく、素晴らしい事例だとおもいました。
  空き家があるから地域のお年寄りなどこ交流拠点となるデイサービスセンターをつくろう。
食材は商流にのせられず捨てられる運命の近所の野菜を利用しよう。その対価を地域通貨の形で還元しデイサービスセンター利用なとのために使ってもらおう。レストランも併設して雇用を生み出そう。さらに保育園を併設しよう。お年寄りと子供の交流も増える。
  ここまでくると立派な一つの文化圏です。
この本曰く、
  「お年寄りもお母さんも子供も輝く装置。」
また、
  「お役立ちはクロスする。絆は、他の人の役に立つという機会を増やす。張り合いが出て、元気になっていく。」
  お年寄りが交流をはかるために病院に集う社会、あるいは老人ホームに閉じこめられ、主治医すら管理される社会、保育所に入所できず信用できないかもしれない施設に子供を預けるしかない社会、そんな社会よりよほど健全です。
  「逝きし世の面影」に書かれた江戸時代末期の日本の社会を彷彿させます。古き良き時代の仕組みが、ささやかながらも資本主義のシステムの上に載せられる、それだけでも素晴らしい発想だと思いました。
 

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ビジネス書の気に入ったフレーズをデスクトップに貼り付けて自己啓発に努めています。その内容をこのブログにてアップします。

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