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Fast and slow 5

「自分の見たものがすべてだ」となれば、
つじつまは合わせやすく、認知も容易になる。
 そうなれば私たちはそのストーリーを真実と受け止めやすい。
 速い思考ができるのも、
 複雑な世界の中で部分的な情報に意味づけできるのも、
 このためである。

  「大事なのは情報の整合性であって、完全性ではない。むしろ手元に少ししかないときのほうが、うまいことすべての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。」と書かれています。これは、実体験から考えてもすごく納得できます。会社に入ってしばらくして「中堅」と呼ばれる頃は、自分の職務に関しては細かい所まで把握しており、それだけにいろいろ考えすぎて考えがまとまらないことも多かった。一方、管理者の立場の現在、仕事の範囲が広くて細かいところまではとても把握しきれない。そんな状況のなかで昔よりは思い切った判断が出来るようになっている。ある意味不思議に感じていましたが、このフレーズをみるとわかるような気がします。つまり、全情報を把握していないが、ある程度整理されたポイントとなる情報を持っており、つじつまが合わせやすくなっている、ということです。
  でも、考えてみるとこれはとても怖いことですね。情報を整理して伝えるのはだれでしょう。情報を伝えるべき部下や周囲が正確に情報を伝えないと、認知を誤るということです。悪意とかを心配しているのではなく、Fast and Slow 4で書いたように、人間はそもそも自分で情報を勝手に操作するものだからです。また、その情報を受け取る側もFast and Slow 3で取り上げたとおり、なじみのある情報を重視し信用するという性質があります。伝言ゲームは基本的に「変質していくもの」。こういう状況の中で上層部が正しい判断をしていくのは至難の業。経営センスが必要なのは言うまでもなく、正確に情報を伝達するシステムを完備するなどもう一工夫必要ではないかと感じます。
  もう一つ怖いのは新聞(マスコミ)。マスコミは本質的に読者の興味を引く記事を優先的に掲載しますから、そこだけを見てほかに考慮すべき部分を見なかったり軽視したりします。この本の表現を借りるとつまり、 「めったにない出来事は過大な注意を引き、実際以上にひんぱんに起きるような印象を与える。」
  さらに各新聞社独特の思想のバイアスがかかりますから、偏った認識に基づく偏った世論が形成されることになります。原発問題一つとっても、自然放射能のこと、代替エネルギーのポテンシャルとリスクの正確な把握などの科学・技術的な理解、エネルギー戦略のポートフォリオの重要性など政治的理解が必要だと、門外漢の私でも思います。こういった情報ももっと取り上げ、他のリスクとも比較して総合的に議論すべきなのに、どうもそういう方向に行かず議論が偏っているように感じます。

  冒頭の言葉、著者は決して否定的に見ているわけではなく、生存のために「システム1」が迅速にものごとを認知し判断していくため、「まずまず妥当な判断」をするためにいい方法だとしています。ただ一方で多種多様なバイアスに影響されるから要注意、ということですね。
1)自信過剰 ここで書いた、「見たものがすべて」という認知の傾向。
2)フレーミング効果
  「この方法を使えば生存率90%です」といわれるのと、「この方法では10%死ぬ可能性があります」と言われるのでは判断が違ってくるというような効果。
3)基準率の無視 詳しくは述べませんが「ベイズの定理」を無視する傾向のことです。
 
  これだけ情報があふれる社会になると、システム1の戦略が判断を誤る機会が増えてきます。情報社会に適応する人間の性質はどうであるべきか、(システム2の力を持って)よく注意して認識を意図的に制御してかなければいけません。でもあまりやりすぎてもストレスがたまりすぎてよくないような気がするし・・・難しいところです。

 

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