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【天邪鬼標語録】人生を変える「心のブレーキ」の外し方 5/5-2

  【天邪鬼標語録】
迷ったらNo

<<<天邪鬼標語録 口上>>>

-----元の標語-----
迷ったら"YES"
 「タラレバ」の甘い幻想に潜在意識のリソースを浪費するぐらいなら
 チャレンジして堂々と苦い失敗に直面したほうがいい。
------------------

 先の天邪鬼標語録は問題のすり替えをしてしまったので、元の標語を真っ向から否定するところから入ってみる。

 さて、自己啓発標語の代表格である、「迷ったらyes」は「変化・改善」の思想。実は最近は不安に思っている。
 
 「変化・改善への希求」は、ひょっとしたらとても危険な思想ではないかと思う。一定方向の「変化」は、それを極限まで追っていくといずれ飽和に達する。たとえば、人口増加に限界があることは、「わが惑星、そは汝のもの」 (ハヤカワ文庫 NF 25 アシモフの科学エッセイ 5) を引っ張り出すまでもなく明らか。エネルギーや食糧はどうか。まだ多くの人が開発により何とかなると思っているのではないか。石油の今以上の増産が危ぶまれている中、シェールオイルや天然ガスの工業利用やCTL(石炭液化)、メタンハイドレートの開発で一段落つけるのでは、という空気になっているが、シェールオイルはすでに環境破壊が問題になり、CTLはCO2排出の問題解決にはならない。そもそも、何十年、何百年スパンで考えた時に、永続的に利用できる資源ではない。こうした、一定方向に向かう変化、特に、「贅沢」に向かう変化に限界があることを人類は理解しているのだろうか。

 もう一つは、「共有地の悲劇」。誰のものでもない、あるいは管理が十分及んでいない財産については我先に搾取する。
ごみは管理レベルの低い地方に廃棄される。環境問題などはその最たる例だ。

 私は、「迷ったらyes」を「変化・改善への希求」とみなすが、この考え方は個人レベルでも遍く是とされる。しかしこの考え方は、限界に対する楽観視、共有地の悲劇に対する軽視にもつながっていると思う。これは、キリスト教圏の直線的時間観に関係する発想ではないか。
 もともと、日本をはじめアジア圏には、「円環的時間観」があった。「めぐる季節」「輪廻転生」などの言葉がその思想を表している。
 おそらく、欧米文明が繁栄し、マヤ・インカ圏、アジア圏の文明が征服されていったのは、文明の水準の問題ではなく、「変化・改善(拡大)を是とする」文明が「変化を良しとしない」文明に(当然ながら)打ち克ったということではないか。そしてその結果、現在では世界的にその思想が最上のものとして世界的に受け入れられてきているということではないか。
 しかし、征服すべき相手がいなくなり、自分たち自身にしか矛先を向けられないようになった今、地球が人間にとって狭いと感じるほど人間社会が力を増してきている今、「変化・改善」の思想に代表される直線的時間観は、これまで通り勝者であり続けるのか。

 ジャレド。ダイヤモンドの「文明崩壊」(草思社文庫) を見て戦慄した。人類は、地球規模で「イースター島の悲劇」を繰り返そうとしているのではないか。いまでこそ、日本の森を取り返した「徳川の環境施策」を実行しないといけないのではないか。
 社会がそれを求めていない以上とても難しいことではあるが、個人レベルから、「公共・常識・和の重視」「変化に対する抵抗」も考えなければいけない時期なのではないか。徐々に声が高まっている「サスティナブル社会」、その根本思想のお手本がかつての日本社会の思想なのではないか。

 「迷ったらyes」を真っ向から否定してみて、こんな考えに思い至った。


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