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自燈明 -お釈迦様の遺言- 1/3

  私たちは、物語を頭で作って、
    それに見合った過去の時間を並べている。

  「娘のことが心配でこの一週間ご飯も喉を通らない」
これはどういう意味か?実際には食事しているはずなのに食欲がない自分の姿ばかり記憶に残っているのですね。「心配している自分」に辻褄があう記憶が強くなっていきます。
  「昨日もドッグフードだった、一昨日もドックフードだった。これで二週間だよ」とヒトはちゃんとかぞえているわけでしょう(さすがにヒトはドッグフード食べないか)、そして、「こんなに自分は不幸だ」という物語を作るわけです。ところが犬も猫もエサをやると毎回嬉々としています。
・・・こんな風に書かれています。

  ダニエルカーネマンの「記憶する自己(remembering self)」、これがきっと自分の都合のいい物語を作る者の正体です。頭の中の「つらい」という思いがどんどん膨らんでいく、あのときの「悔しい」想いがいつまでも頭をよぎる。映画の最後の感動的シーンの余韻に浸る・・・。こんな「記憶する自己」。現代のノーベル賞受賞者の発想はすでにはるか昔の仏教の教えの中に顕されていた。これってすごいことですね。

  思いを続けるのが人間の特徴。いい方向に積み重ねると「祈り」悪い方向に積み重ねると「恨み」になる。
  禅では、できるだけ積み重ねなさんな、といってます。
・・・とも書かれています。「記憶する自己」をまちがった方向に発揮すると幸せにならないよ、ということですね。

  「風疎竹に来る 風過ぎて竹に声を留めず」という菜根譚の言葉を前に紹介しましたが、そういう姿勢でいられるよう鍛錬したいものです。

 

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