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自燈明 -お釈迦様の遺言- 2/3

  「正しい」ではなく、いかに相手が入ってこられる玄関を作るか。

著者曰わく、
  「あなたは間違っている。こうすべきだ」と言ってしまう。正義を振りかざす。世の中で正しいのはいつも自分に決まっているわけだが、それでは相手を変えられない。」
・・・

  それぞれの人にはその人なりの行動の「理屈」「合理性」があるということをまずは認めなければなりません。
  それぞれの人の「正しい」「間違っている」判断が食い違うのはなぜでしょう。私は、それぞれの人が持っている言葉や行動の意味の裏にひそむ「スキーマ」&「コンテキスト」の違いのためだと思うのですね。
  「スキーマ」とは、一つ一つの言葉の裏に潜む大量の意味や想い。「宗教」と聞いて思い浮かぶ「勧誘」「オーム」などのネガティブな想いだったり、「祈り」「救い」などのポジティブな想いだったり、あるいは「浄土宗の知人のだれそれ」など属人的な知識だったり、その他もろもろの想いや意味のこと。
  「コンテキスト」とは、「文脈」。つまり今この文章を読んでいるときに、「ん、勧誘・洗脳しようとしているかな」と警戒して過去の宗教の記憶を呼び戻したり、「自己研鑽との関係はなんだろう」と過去の自己研鑽の知識を呼び戻したりすること。つまり、今受け取っている情報の意味を解釈するために呼び戻した、関係する記憶のこと。

  ここで私が言いたいのは、「スキーマ」「コンテキスト」にメスを入れない限りは、人の行動を変えることはできない、ということ。
  「幸せはお金で買うものだ」と思っている人、「念仏なんか役に立たない」と思っている人に説教しても意味がない。
  「念仏あげたら一回一文で買ってあげます」と坊さんから言われた男が、最初はお金ほしさに念仏をあげていたが、そのうち気持ちよくなってお金のことを気にせず念仏をあげるようになった、という事例がこの本にあげられています。
  さすがに現代人はすれているのでこんな単純な筋書き通りにはいかないのでしょうが、注目したいのは、「幸せ」=「お金」というスキーマが、お坊さんが与えた経験によっていつのまにか「幸せ」=「念仏」というスキーマに置き換わったということです。

  ある人が捉えている「スキーマ・コンテキスト」を他の人が正しく理解することは通常不可能なわけですから、「あなたのスキーマは変だ」と指摘することもできないわけです。だからそれぞれの人は自身のスキーマのおかしな部分は自分で気付くしかないということですね。
  なので、冒頭の言葉の「玄関を作る」の意味を、私は「スキーマのとらえ方に疑問をはさむ機会を作る」ととらえました。スキーマが置き換われば必然的にその人の行動は変わってきますね。

  こういう気付きを与えられる人になると、「共感」に基づくすばらしい人間関係が構築できるのでしょう。とても難しいことですが・・

 

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