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偶然の科学 2/5

  人生には明確な「結果」があり、
  そのときになればある行動の意味を最終評価できる
という考え方そのものが、都合のいい作り事に等しい。

    「現実には、われわれが結果とみなす出来事もけっして真の終点ではない。むしろそれは押し付けられたまがい物の里程標であって、映画の結末が実際にはこれからもつづく物語にまがい物の終止符を打つことであるのと変わらない。」

  そうだよね~。昔話には、「その後二人は末永く幸せに暮らしましたとさ」というパターンが多いのだけど、ずっと幸せに暮らしたなんてことあるのかな、とか、なにも起きない平穏な暮らしって退屈なんではないかな、とか思ったのは私だけではないと思います。
  テレビドラマや映画も同じ。プロデューサーは結末以降のことは考えなくてもいい。
  でも現実はそうはいかない。「これで終わり」がないのだから。それにもかかわらず、実際の生活でも、「これが私の目標」と決めたらそのあとのことはあまり考えない。目標を達成したらその後は幸せな生活が待っている、ってなんとなく思っているのではないだろうか。これが冒頭の言葉の問題提起。

  企業でも同じ。この戦略がいい、と事例を取り上げ、あたかも真理のように取り扱う。でも、経過を追って見ると、優良企業として取り上げられた企業も、ずっといいわけではないよ、と、シスコシステムズを例に取り上げ説明しています。「エクセレントカンパニー」で取り上げられた企業もいい例ですよね。

  つまりは、「人生万事塞翁が馬」ってこと。

  勝ち続けること、幸せであり続けることなんてできない。ビジネス啓発書など読んで実践しても、一時期の成功という割り切りが必要だろう。

  そうなると、では幸せだったと思える人生ってなんだろう、という疑問がわいてきます。人生の結末は「死」。その瞬間にどう思えるかが大切かな。
  ふと振り返ったとき、「すばらしい時間を過ごしてきた・・」と思えること。その時の思いを司るのが、最近このブログで頻出する「記憶する自己」。たとえその瞬間苦しくても、あとで素晴らしい思い出として残っていくものを残すことが大切。
・ああいう行動を取ってよかったなと一点の曇りもなく思い起こせるのが、「幸せな人生」
・良いも悪いもいっぱい思い起こすことがあるなと思い起こせるのが「濃い人生」
  どんなに金持ちになっても、名声を得ても、「お天道様に顔向けできない」行動をとったら、後悔の念が記憶を曇らし「幸せな人生」にならない気がするし、毎日ボーッと印象の薄い行動を取っていたら、思い起こすことが少ない「薄い人生」になってしまう気がする。

  「我々とともに老いよ・・」 を思い出しました。

 

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ビジネス書の気に入ったフレーズをデスクトップに貼り付けて自己啓発に努めています。その内容をこのブログにてアップします。

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